フォアグラドットコム

フレッシュフォアグラ
【送料無料】フォアグラフレッシュ(ハンガリー産)
14,400円 (税込) 送料込
 
賞味期限:冷蔵で1週間、 約500g〜700g/個
ご注文を受けて約3〜5日後の発送となります。ハンガリー産のガチョウのフォアグラです。
フランス料理としてだけなく和風の味付けなど をしてさらに親しまれるようになりました。 最高級の食材を是非お試しください。

フォアグラのテリーヌ
【送料無料】フォアグラテリーヌ約300g
9,200円 (税込) 送料込
 
ご注文を受けてからお作りしますので、ご注文後4営業日後の出荷となります。
切って出すだけでホームパーティでも手間をかけずに本格的で超!おしゃれなオードブルを演出します!

フォアグラスライス済み
フォアグラ・スライス
1,599円 (税込1,679円) 送料別
 
使いやすいスライスタイプなので そのままお使いください。
1枚1枚丁寧に真空パックされてます。1枚あたり約50gのポーションですのでちょうど1人前の目安でお使いいただけます。

2006年05月07日

フォアグラ【現在】

フォアグラはすでに国際的な食材のひとつとなっているが、それを取り囲むニュースには否定的なものも少なくないのが実情である。

最近のニュースをピックアップする。

2004年9月29日、カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガーは2012年までにカリフォルニア州内で鳥に強制的に食事を与えて作られたフォアグラの生産と販売を禁止する法律を施行した。同法では、動物虐待ではない方法で生産されたフォアグラの販売は認められる。

2005年10月2日、イスラエル政府は、世界三大珍味の1つとされるガチョウやカモなどの肝臓、フォアグラを目的とした強制飼育は動物虐待に当たるとして、こうした飼育を禁じる見通しである。カッツ農相は同日の閣議で、美食目的のフォアグラ生産の継続を求めたが、多数決で却下された。閣議はフォアグラ生産者への 補償措置を検討することも決めた。

2005年10月、フランスの国民議会が農業政策に関する包括法の一部としてフォアグラは仏文化の遺産であるとした法案を全会一致で可決し、フランスが世界でフォアグラの80%以上を生産していることを指摘し、保護すべき仏文化、料理の貴重な遺産であると宣言。カモやガチョウの強制肥育についても、他に方法はなく止むを得ないとして擁護する姿勢を鮮明にした。

2006年4月26日、シカゴ市議会はフォアグラの販売を禁じる法案を賛成48、反対1で可決した。フォアグラを販売するレストランや食料品店に500ドルの罰金を科す内容で、90日後に発効する。販売に対して実際に罰金を科す法律の施行は、国内初となる。
posted by フォアグラ料理人 at 12:38| Comment(0) | TrackBack(0) | フォアグラの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フォアグラの発展

En revanche, le pâté de foie gras, avec croûte feuilletée et barde de lard, a bel et bien été inventé à Strasbourg par Jean-Pierre Clause, cuisinier d'origine lorraine, alors au service du maréchal de Contades, en 1778. S'installant à son compte en 1784, Clause développa ensuite son invention et vendit à tour de bras son « pâté de foie gras à la Contades ».

D'où la richesse experte des fabricants de foie gras qui allaient multiplier leurs pâtés avec talent et faire nombre d'émules. Le premier d'entre eux fut d'ailleurs un Parisien, Nicolas Doyen, alors au service du président du tribunal de Bordeaux, peu avant la grande Révolution, et qui vint à Strasbourg chez Jean-Pierre Clause perfectionner son art, créant à son tour un « pâté de foie gras de Strasbourg aux truffes du Périgord ».

フォアグラはギリシャ・ローマの時代から食されていたが、フランスではまだ普及していたわけではなかった。

ルイ15 世治下の 1762年、軍人でもあり、美食家としても有名だったコンタード侯爵がアルザス総督としてストラスブールへ赴任する。そして1778 年に当時 21 歳だったジャン・ピエール・クルーズという料理人を雇った。まもなく料理長となった彼は侯爵の料理会を切り盛りするようになる。1780年頃クルーズは侯爵より来たる料理会でフランス一の料理を作るように命じられ、考案したのがフォアグラを仔牛のファルスと豚の背脂で包み、さらにパイ生地でまいて焼き上げるという料理であった。これが料理会において絶賛されると、ルイ16世にも献上され同じく大いに絶賛された。コンタード風パテと呼ばれたこの料理は瞬く間に当時の美食を求める貴族たちの間に広がったのである。さらにこの料理長は結婚後に料理長を辞して、この地に店を開き、作り方を簡易にしたパテ・ド・フォアグラを販売した。これも大反響をきたし、アルザスのフォアグラの発展に寄与した。

さらに、ボルドー議会の議長お抱えの料理人だったニコラ・フランソワ・ドワイアンがフォアグラのパテにペリゴールで採れる珍味なきのこ:トリュフ(truffe)の芳香を加えることを思い付く。この料理も大好評をはくし、このときからフォアグラとトリュフはお互いにとって最高の組み合わせとなり、料理としても一段と完成されたものになったのである。

こうしてフォアグラ料理の普及と共に、アルザス地方はフォアグラの一大生産地へと発展していき、この流れはさらにトリュフの生産地、ペリゴール地方へも還流するのである。
posted by フォアグラ料理人 at 10:20| Comment(0) | TrackBack(0) | フォアグラの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

フォアグラの起源【エジプト時代からローマ時代まで】

フォアグラといえば世界三大珍味の1つであるが、その歴史は遠くエジプト時代にまでさかのぼる。当時すでにエジプト人たちは、干しイチジクやなつめやし、麦などをガチョウに与えて飼育し、その肝臓を食していたようだ。彼らは渡り鳥が渡り始める前に食物をしっかりと摂取して体力をつけることを知り、栄養のある食物を与えることでその肝臓を美味なるものとし、食していたのである。

ちなみにエジプト時代の王様や貴族の食卓は非常に豊かであった。もちろん一般庶民もである。すでにメソポタミアからワイン作りも伝わっていたし、パンを原料として作るビールもあった。肉類は牛・豚・羊・山羊・カモシカ・鵞鳥・水鳥・鶏・アヒル・うずら・鶴・ハト等と非常にバラエティー豊かだし、魚類もナイルで捕れる魚やその加工品(カラスミ)・エビ・カニ・うに・ムール貝等の貝類も食卓にのぼっていた。

そういう環境の中で、フォアグラを生産していたとしてもなんら不思議なことではないのである。興味深いのはその当時の果実、ぶどうやイチジク、なつめやしなどはフォアグラと非常に相性がよく、現在のフォアグラ料理の付け合わせなどにも好んで使われることだ。何千年のときを経ても人間の味覚はあまり変わっていないのである。

エジプト時代からギリシャ時代を経てローマ時代へと歴史の主役は移り変わったが、フォアグラもまた、引き継がれてきた。1世紀のローマ人アピキウスが著した『料理帖』に登場する雌豚の肝臓料理 ficatumは 「無花果」を意味する ficus に由来するが、これは鵞鳥の代わりに安い豚を使い、無花果を大量に食べさせ、太ったところでその肝臓を取り出し、ワイン・オリーブ油・胡椒などで作ったソースをかけて食べたという記述がある。

さらにガチョウのフォアグラに関しては、そのガチョウを殺す前日にハチミツ入りのブドウ酒を大量に与え、フォアグラの風味をよくすることと共に、ガチョウに苦痛を与えずに殺していたというが、その効果がいかほどだったかは分からない。こうして当時の王様や貴族達の舌を満足させたフォアグラ料理だが、ローマ帝国の滅亡と共にいったん歴史の表舞台から姿を消すことになる。
posted by フォアグラ料理人 at 05:33| Comment(0) | TrackBack(0) | フォアグラの歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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